2015年9月の整体




2020年の東京オリンピック開催をめぐり

その準備段階で いろんなホコロビがとびだしている

そのオリンピックが すでに開かれるまえから

競技場建設の白紙撤回、エンブレム盗作疑惑でしきり直しと

てんやわんやの いくたのドラマが生れているので

今後も開催にいたるまでの道のりが いかなるコースをたどるのか

その興味は尽きない

 


新競技場のデザイン案を決定した審査委員会の委員長を務めた建築家、安藤忠雄

オリンピック・エンブレムをデザインしたアートディレクター、佐野研二郎

この2人の人物がになった

一連の 登場から 対応 動静 会見 釈明 逃走 追及のされ方 などの展開によって

結果的に

オリンピック新競技場の建設がどのような仕組で決まっていくのか?

また オリンピックのシンボルデザインがどのように決定されるのか?

そうした なりたちが 一端といえども 白日のもとにさらされ

報道によって

これらを考察する よい機会となったのである




それにしても 7月16日の建築家・安藤忠雄の記者会見

また 8月5日の デザイナー・佐野研二郎の記者会見

この2つの記者会見の模様は

随所に 論理的な破たんと矛盾がみられ

2人の主張する根拠が信じられないくらい 稚拙なものであると

 あきらかとなったが

ここでは こうした

その 善悪 真相の倫理的意味からは全く離れて

整体的見地と限定して

記者会見における 2人の弁明の 身体表現のありかたについての

整体的な考察をしてみたい

テーマは

こうした 窮地に追い込まれた場合 人はどのような身体となるのか?

あるいは どのように身体をコントロールすれば

真実と真相を より説得力をもって伝えられるのか?

である


まず 7月16日の建築家・安藤忠雄の記者会見。

会見に登場する安藤氏は

柔らかい表情で飄々と歩きながら 設定された席に着く

緊張感をみじんも感じさせない その雰囲気は

私は善意の人間だと 静かにアピールするようで

おだやかな幕開きを演出することとなった

しかし 会見がはじまると

 おだやかな表情のなか 時にけわしい顔が出没しはじめる

さらに はなしがすすむにつれて

穏健 柔和 切迫 激怒 強硬 嘆き ユーモア 頑固  と

次々と 百面の相貌をていしてくるのである

こうして 顔色の悪さは一貫してあるものの

会見の終始において

身体の表現力の豊かさはひきつけられるものがある


約30分間にわたる会見の冒頭

安藤氏は まず記者たちに まず質問をとうながす

これは 先に自分の主張より みなさんを尊重するという姿勢をみせ

その余裕とゆとりの雰囲気を つくることとなった

続いて 記者たちの質問が始まるが

そのひとつひとつに コメントをはさみこみ

融和の関係であることを印象つける

自分より まず 相手にしゃべらせ それにおうように受け答える その余裕が

かなり リラックスした感じを与える

さらに 安藤氏は 自分の体調が良くない事を披歴

脾臓と膵臓を全摘出して 死んでもおかしくない体であることを告げる

こうした病体を暴露することによって 

あたかも同情をひきだして自分への攻撃をかわそうとしている ともとれる

その小柄な病体で

エネルギッシュに ゆっくりと しゃべり続ける

動きも活発で

時に立ち上がり 時に座り

右手 左手 も頻繁に動かしつつ

手持ちのマイクを 右に左にもちかえながら

顔も上半身も自在に動き

決して動きを止めない

質問する記者とのやり取りも軽妙で

時に記者たちに訴えかけるようにして

相手をひきこみながら一体感を演出していく

こうして最後は 白い歯をだして退場となった


次に8月5日の デザイナー・佐野研二郎の記者会見。

この会見は 組織委員会マーケティング局長の槙英俊とともに行われ

単独ではなく 2名の共同会見となった

槙英俊氏とは 電通より組織委員会に出向しているスポーツ大会運営のベテラン

すでに 佐野氏の単独会見ではないというところが

ある庇護のもとに設定された会見という印象をぬぐえず

会見席に座る佐野氏は

保護下のもとにひきずりだされた という緊張感がただよっていた

会見中

佐野氏は自ら、エンブレム・デザインの発想から思考の独自性を強調し

作品は自分の仕事の集大成であると訴えた

その作品の評価はともかく

いちばん気になったのは

佐野氏のしゃべっている時も 人の話を聞いている時も

会見中

表情の緊張感と上半身の硬直が

一度もとけなかったことである

これは

佐野氏の真剣な態度の一貫性 ともうけとれるが

反面

みずからの秘められた罪行におびえている

というような印象も ぬぐえない

また 佐野氏の説明時に 立ち上がったりし

また 手を動かしながらの挙動もするのであるが

その動き自体は 躍動感がなく

全身性の身体ラインは硬く

オリンピックのアスリートが競技で躍動するような

運動性はみじんも うかがえなかったことは

なぜか エンブレムのデザイン自体も

運動するほとばしるエネルギィのようなものが喪失している感じがしてきたのは

私だけであろうか

それが 模倣と盗用でないと 仮にしたところで

それを生み出した人間が

十字架にはりつけにされたような硬直であると

その作品も 生気をうしなってみえるのは

私だけであろうか


左図は まだ盗用疑惑の騒がれなかった頃のショット

満面の笑み 顔全体がゆるみ 

さらに 両腕と両親指で 大胆に諧謔と象徴を表示している

これは 佐野氏のデザイン以上に 強い印象を残すショットである

こうした自然な身体表現が 

佐野氏のデザインスタイルの根幹をなすのかもしれない

   

右図は 8月5日の会見時の表情

自身のオリジナリティをまったく疑わないという言葉とはうらはらに

追い詰められた苦渋に満ちているように思う

願わくは

8月5日の会見においても 左図のような会心の笑みと柔軟さで

会見を終わらせてほしかった

こうして 二人の記者会見の模様を述べたが

かたや 枯淡の風情をうまく演出し 緊迫感を感じさせず終始した安藤氏

かたや 炸裂する爆弾をかかえたように緊張に終始した佐野氏

会見後の印象は

かたや あっけらかん

かたや 隠されたものがまだまだありそうな閉鎖性

と 対照的であった

もちろん こうした印象は

主張の内容の信用度とは 関係なく あくまでも身体表現に限定してである

それにしても

この身体表現の柔らかさと硬さのちがいは大きい

これは ひとえに

百戦錬磨の建築家と

庇護下で育成されたデザイナーの

経験の差によるものであろうが

弁明を旨とする こうした会見では

柔軟な身体表現の方が

結果的に柔軟な対応ができることに間違いがない

その意味で

佐野氏はニューヨークからの帰国後 すぐに

記者会見にのぞんだようだが

その前に

整体をうけて 身体を柔軟にして臨んだのであれば

様相のちがう結果になったかもしれない