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MIKUNI設立の前史
MIKUNIの原点は福井県三国町


整体 MIKUNIの原点は、

そもそも

1990年 院長・聖徳富雄が

東京と中国福建の地に同時に興したのが

はじまりであるが

その設立にいたる前史があり

それは福井県三国町という古い港町での事で

原点は、 つまりこの地の出来事となる。

この時 院長・聖徳富雄が

新しい整体院設立の着想をえて 

つまびらかな構想をまとめたのがこの地であった。

当時 院長は心身ともに極度の不調のなかにあり

その解決のため 長期の静養をすすめられ

友人の招きによりこの地に滞在を始めたのである。

その間の出来事である。

 


福井県三国町とは、

 江戸時代に殷賑を極めた日本海を代表とする港町で

今でもその面影の街並みをかしこに残す

歴史にあふれたところである。

現代では、蟹の水揚げで有名であり

豊富な水産物、肥沃な農産物、に満ち、

日本料理の発祥の地としても名高い。

日本海の美しい海岸線に恵まれ、

東尋坊という観光地を擁する。

さらに芦原温泉に隣接し

全国からの湯治客はたえまがない。

歴史、建築、海、山、

海の幸、山の産物、丘陵の果実、

温泉、空気、人情などなど

申し分のないいくたの条件をそなえた

さながら天国のような三国町での滞在で

みずからが心身ともに回復と復調への

軌道にのった院長・聖徳は

そのなまなましい実体験をもとに

こうした三国のすばらしい風土の真髄を

心身の苦痛にあえぐ人の

身体と精神の中に吹き込むことによって

回復させるという手法で

整体を確立できないのかという発想を

得るにいたったわけである。

 


それは突飛な発想といえるかもしれないが

きわめて複雑で奥深いヒトの心身が

健全へと回復できるひとつの解決法

になる可能性をひめているとの

大きな自信があった。

かくして この方向のもとに

整体 MIKUNIが誕生した。

では、いったい

その三国とはどんなところなのか?



  港町三国



江戸時代~明治時代に、日本経済の流通貿易の大動脈だったのが

北海道⇒大坂を日本海を舞台に商船が往来した『北前船』である。

 



この『北前船』で爆発的に発展し、独自な文化形成がなされたのが

寄港地である日本海沿岸に点在する港町群である。

その中の代表的な港町のひとつが三国である。


     



『北前船』は単に物資の運搬からさらに拡大し

大坂に運ぶ前に各地の港町間での物資の売買に乗り出し、

また北海道や東北の様々な一次産品の加工と商品化をはかり

運搬業、問屋業、貿易業、加工業と多彩な経済活動に及ぶ。


 
こうして各港町は経済の大発展をみて、

富を背景に個性ある港町が日本海沿岸で続々と出現したのである。



 
秋田、酒田、鶴岡、新潟、長岡、富山、金沢、三国、敦賀、小浜、

各港は、またたくまに多大な富を蓄積し

いまに残存する建築物が次々と立てられ

独特な港町を形成していったのである。。


三国町『北前船』が消滅した後も 蟹をはじめとする水産業により

独自な発展をとげながら


歴史的遺物が随所に現存する豊かな港町となっている。


 
2   三国の


三国は海で成り立つ町であり、

すべての事象が海を背景にしている。

かつて『北前船』が三国に富をもたらす源泉になったように

今では海からの海産物の豊饒が三国に富みをもたらす。

冬の越前蟹(ズワイガニ)、鮑、さざえ、ウニ、のどぐろ、

鰈、鯛、甘エビ、グレ、ヒラマサ、めごち・・

魚介類の宝庫であり 釣り師にとっては聖地のほまれあり。


     



さらにその加工魚介となると多彩を放つ;

鯖を発酵させた伝統食、へしこ、なれずし、甘鯛のグジ 等。

こうした海からの豊かな魚介類が、

『北前船』による北海道からの昆布やニシンと融合され

ここ福井の各地で和食の味の基礎がつくられ、

それが京都大坂で和食とし完成されたのである。

いわば、三国をはじめとする福井の港町が

和食の原形を作ってきたといえる。



三国には いまだ海女が活躍し海底に潜って貝類をとっている。

海水がなお太古の清浄を保っていることを意味する。



若狭、越前、三国の海岸はそそり立つ岸壁が多く

強い波浪が荒々しい海岸線の岩々に襲いかかる光景が多い。

その代表が三国にある東尋坊である。


     



もちろん ビーチも数多く存在し

夕暮れ時の海岸線に穏やかな波が打ち寄せる癒しの浜、

などなど

三国は多様な海の表情を見せる。



 
    三国の海女





 三国のベテラン海女UMさんにお会いしたのは1989年8月18日である。


いっしょに海にもぐらせてほしいと依頼するためである。

均整のとれた体で軽快に動く海女UMさんは、

「私のそばにくっついて、見てるだけならいいよ」

と、念願の夢を快活に受け入れてくれた。



三国町には、米ヶ崎,安島,崎,梶,の4つの海女村があり、

それぞれの村に数人の海女がグループを作り、

三国町全体では総勢数十人が現役で活躍する。

日本全国の中、今だ海女が現役で活躍する貴重な地域である。



三国の海女は毎年5月からもぐりだす。

5月~9月は、鮑、雲丹、栄螺、若芽。冬場は岩ノリをとる。

年間もぐれて仕事になるのは総日数で60日ほどという。

資源そのものが減少しており漁獲高は年々下がっている。

海女がとったものは、浜辺ですぐ相対で売ってくれて

その場で浜焼きして食べることができるのである。


はるか以前より 海女の海中での活動そのものに着目し

その一連の動きを整体に活用できないかと考えてきた。

 
期待するのは、海女の海中での

泳法、活動、呼吸法、休息の方法、獲物の見つけ方、その処理、

等の様態をつぶさに分析し『海洋整体』の骨格となるのでは・・ 

さらに海水の特質、波の力、太陽と風の性質、海の力、を

獲物を獲得するという目的のなかでどう位置つけられるか?

というテーマなどなどである。


こうして 三国の海女さんと海にもぐるのを想像するだけで

頭と胸は期待と希望でふくらみ爆発しそうになるのである。


 三国の土の恵み


三国は、また海からはなれると、

陸に広がる丘陵地帯も見事な展開を見せ

その豊かな土壌に育まれた農産物・果実は圧倒である。


海を背にして内陸に進むと、あっという間に、

ぞっとするように美しい丘陵地が広がってくる。


そのゆったりとなだらかに静かに眠っているような丘陵で

360度のパノラマの風景を前にすると

まるで古代の時に舞い降りたような不思議な感覚におそわれる。


ここは、そのむかし恐竜が生息した地である。


そうした古代から現代にもどらせてくれるのは、

その丘陵の点在する農園のつつましいサインである。

ブルーベリー、メロン、イチゴ、梨、栗、西瓜、葡萄、キウイ、



さまざまな果実の農園がひかえめに宣伝している。

その奥ゆかしさ、そのいじらしい落ち着きが

かえって大地の豊饒を裏打ちする事となっている。




この三国の丘陵地の土壌の恵みも、じつは、

昭和40年頃からの政策的な誘導によって実現したものであり

それまでのこの地の農業は、

くりかえされる水害により深刻な被害を受けていたのである。






三国で収穫されるクリは 甘い!





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